【短編小説】

おとなりさん

夜舟銀

 やっぱりここはいい場所だ。高校一年生の康介は、おばあちゃんが住んでいる街でバスを降りた。腕をめいいっぱい広げて深呼吸をする。
「空気がおいしいなぁ。来て良かった」
 高校生になって初めての夏休み。康介は口うるさい両親から逃げるため、休みの間だけ田舎に住むおばあちゃんの家で暮らすことにしたのだ。
「おばあちゃんがすんなり許してくれてラッキーだったぜ。俺は自由だー」
 康介はるんるんと胸をおどらせながら、歩きだした。道中の小さな橋も、広い田んぼも、康介が小さい頃から変わっていない。
 やがて康介は、田んぼの中にひっそり建っている古びた家に着いた。おばあちゃんの家だ。
 戸口を叩いてからガラッと開ける。
「おばあちゃーん!おじゃましま……」
 勢いよく戸口を開けた康介だったが、目の前の光景にびっくりして思わず口を閉じてしまう。
 玄関から見える家の廊下に、六歳くらいの二人の女の子が立っていた。見覚えのない子達だった。双子だろうか。そっくりな顔におさげにした髪、同じワンピースを着た二人の女の子は、本当に瓜二つだった。
 驚きながらもその双子に声をかけようとすると、双子は廊下から階段をかけ上がって二階へ行ってしまった。
 わけが分からず康介がポカンとしていると、家の奥から康介のおばあちゃんがひょっこり出てきた。
「まぁ康介、いらっしゃい。久しぶりねぇ。道に迷わなかったかい?」
「あ、あぁおばあちゃん久しぶり。あのさ、さっき双子の女の子が二階に上がっていったんだけど、あれ誰?」
 おばあちゃんは目をパチパチさせ、不思議そうに首をかしげる。
「あらやだ、康介ったら姪っ子の顔を忘れたの?」
 今度は康介が首をかしげる番だった。
「姪っ子?」
「そうよ、康介のお兄ちゃんの子どもよあの子達」
「兄ちゃんの子どもってことは……今の愛ちゃんと唯ちゃん!?」
「そうよ、まぁ康介が会ったときはあの子達は赤ちゃんだったし、覚えてないのも仕方ないのかしらねぇ」
 年の離れた康介の兄はすでに大人であり、結婚もしているのだ。生まれたという兄の子どもにも、康介は会ったことがあるはずなのだが。
「まさかもうあんなに大きくなっているなんて、知らなかったよ」
「子どもの成長は早いものなのよ。分かったら早く上がりなさい」
 おばあちゃんに促され、康介は靴を脱いで居間へ上がった。
 ソファに深く腰掛けて、大きく伸びをする。康介はおばあちゃんの家が好きだった。優しい匂いがするし、ダラダラしても何も言われないからだ。
 ゴロゴロしながら、康介はふと台所に立ったおばあちゃんに尋ねた。
「そういえば、何で愛ちゃんと唯ちゃんがここにいるの?」
 夕飯の支度をしながらおばあちゃんが言った。
「愛ちゃんと唯ちゃんも、夏の間ここに遊びに来てるのよ。パパとママのお仕事が忙しいみたいでね」
 ふぅん、と返事をしながら不思議に思う。
 兄ちゃん達って、そんなに仕事忙しそうだったっけ?
「あ、そうだ。康介、ちょっとあの子達と遊んであげてくれない?こんな田舎じゃ愛ちゃんと唯ちゃんもつまらないみたいで……」
「えー……」
 思わず顔をしかめてしまう。実は康介は小さい子どもが苦手なのだ。うるさいし、言うことを聞かないし、一緒にいるとこっちがクタクタになってしまう。
 しかし、大好きなおばあちゃんの頼みを断るわけにはいかない。
「分かった……」
そう言って康介は重い腰を上げ、二階へと向かった。
 愛ちゃんと唯ちゃんが使っているという部屋のドアをノックしてみる。すると部屋の中から
「どうぞ……」
と小さい声が返ってきた。
 おそるおそるドアを開けて部屋に入る。机やベッド、本棚が置かれた部屋の真ん中に、愛ちゃんと唯ちゃんはちょこんと座っていた。
「あ、えっと、久しぶりだね」
ドアを閉めながら、康介はしどろもどろに声を掛けた。二人は不思議そうに康介を見つめている。
「久しぶりっていっても、前に会った時は愛ちゃんも唯ちゃんも赤ちゃんだったから、覚えてないと思うけど……。えっと、俺は康介っていうんだ。君たちのパパの弟だから、俺は君たちのおじさんってことになるのかな」
 唯ちゃんの方が口を開いた。
「康介おじさん……?」
うぅ、小さい子におじさんって言われると心が痛むな。
「やっぱりおじさん呼びはやめよう。まだ高校生だし、お兄ちゃん呼びとかで……」
愛ちゃんと唯ちゃんは顔を見合わせ、口々に言った
「康介お兄ちゃん!」
「康介お兄ちゃん……」
 つい、かわいいと思ってしまった。妹がいればこんな感じなのかな。
「ねぇ康介お兄ちゃん、これで遊ぼうよ!」
 と、愛ちゃんが部屋のすみっこからすごろくを持ってきた。いいよ、と答えると愛ちゃんは嬉しそうに準備を始めた。
 三人ですごろくのボードを囲むように座る。
「はい、康介お兄ちゃんからね!」
 と愛ちゃんにサイコロを渡される。
 言われるがままに康介はサイコロをふって、自分のコマを進めた。
「えっと、次は唯ちゃんの番かな」
 康介は唯ちゃんにサイコロを渡した。
「うん……」
 唯ちゃんは受け取ったサイコロを静かにふった。
 すごろくをやっている内に、愛ちゃんと唯ちゃんの事が少しずつ分かってきた。
 二人は顔はそっくりだが、性格はまるで違っていた。
 愛ちゃんは元気が良く、表情もコロコロ変わる明るい子だ。すごろくでも、サイコロをふるたびに大はしゃぎしている。
 逆に唯ちゃんは大人しい子で、あまりしゃべらない。つまらないのかな、と心配になったが、計算高くコマをずんずん前に進めていく。
 子どもが苦手なはずの康介だったが、だんだん愛ちゃんと唯ちゃんと遊ぶのが楽しくなってきていた。
 康介がサイコロを振った。出目は六。
「よっしゃ!一気に進むぜ!」
「えー!康介お兄ちゃんずるいよ!」
「すごい強い……」
 康介は自分のコマを六マス進めようとした。すると、
「康介ー、ちょっと手伝ってちょうだい」
 一階からおばあちゃんの声が聞こえてきた。
「あー、ごめん。おばあちゃんに呼ばれちゃった。すぐ戻るよ」
 文句を言う二人をなんとかなだめ、康介は一階に降りていった。
 おばあちゃんに頼まれた夕飯の手伝いを終えると、康介はすぐ二階へ向かった。軽い足取りで階段を上がる。
「ただいまー、さぁすごろくの続きをやろう」
 康介がそう言いながら二階の部屋のドアを開けると、愛ちゃんと唯ちゃんは部屋の窓辺に寄って外を眺めていた。
「ふたりとも、どうしたの?」
「うん……おとなりさんがいるの」
 唯ちゃんがポツリと言った。
 おとなりさん?何を言っているんだ。隣の家はずっと空き家で……。
「あ!明かりがついたね!」
 愛ちゃんが嬉しそうに言った。康介は息をのんだ。
 隣の家の電気がパッと点いたのだ。今まで見たことのない、オレンジ色の明るい光。
「だ、だれか引っ越してきたのかなぁ」
 イヤな予感がしたが、康介は平気なフリをして窓に顔を近づけた。
「そのおとなりさんはどこにいるの?」
「あそこ……」
 唯ちゃんが隣の家の二階の、明かりの点いた部屋を指さす。
 そこには誰も立っていない。少なくとも康介の目にはそう見えた。
「へ、へぇ。俺には誰もいないように見えるなぁ」
 康介は自分の足がガタガタふるえているのを感じた。
「ホントに?あそこにいる女の人だよ!長くて黒い髪の!」
 愛ちゃんも、やっぱり同じ所を指さして言った。
 この子達は何なんだ、一体何が見えている?からかっているのか?
 頭がクラクラしてくる。何もしていないのに、心臓がどくどくいってうるさい。
「背が高くて、黒いワンピースを着ている……」
 唯ちゃんが静かに言った。
 怖い。怖い。聞きたくない。聞きたくない。
 まるで服の中に氷を入れられたみたいに、背筋がぞくぞくと冷えていく。
 すると、愛ちゃんと唯ちゃんがくるっとこちらを向いた。本当によく似た二つの顔が、康介を見つめている。
「「ねぇ見えるでしょ?康介お兄ちゃん」」
 康介は叫んだ。叫びながら部屋を飛び出し、階段をかけ降りた。
 これ以上、あと一秒だって、あの気味の悪い双子と同じ部屋に居たくなかった。
 康介が部屋を飛び出した後、愛ちゃんと唯ちゃんはまた隣の家に目をやった。
「康介お兄ちゃん、いきなりどうしたんだろうね」
「うん……」
「大声を出して、変だったね」
「うん、でも変と言えばおとなりさんも変……」
「確かに!」
 愛ちゃんはくすっと笑って言った。
「あんなに怖い顔で、康介お兄ちゃんのこと睨んでね」
「うん……」
 愛ちゃんと唯ちゃんには、さっきまで恐ろしい顔で康介を睨んでいたおとなりさんが、はっきりと見えていた。